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<title>見珠山正応院のホームページへようこそ</title>
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<description>東海道唯一の多宝塔 ハイキングコースとして知られている 岡部のお堂Copyright(C)2005-2006 見珠山正応院 All Right Reeserved</description>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/24749894.html">
<title>神秘の扉を開く 妙法九識霊断法</title>
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<description>幸福の声を呼ぶ来るべき運命を予め知ることの出来る人は運命を支配することが出来る！運命を支配することが出来れば、これからの人生を開拓することが出来る！一寸先が闇では人の幸福は得られない．幸福を希う人は来って、正應院の門を叩け！（相談項目）家庭問題、事業運、金運．将来 家庭は大丈夫だろうか？将来 会社は大丈夫だろうか？この仕事は当たるのだろうか？交渉、取引、土地家屋、売買貸借、株式市場．交渉の成立取引の安全良縁、恋愛．良縁はいつくるのか？縁談を進めてよいかどうか？訴訟裁判、各種選...</description>
<dc:subject>九識霊断</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-10-02T02:23:34+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><font size="3" color="#ff0000"><br />幸福の声を呼ぶ</font><br /></div><br /><blockquote>来るべき運命を予め知ることの出来る人は運命を支配することが出来る！運命を支配することが出来れば、これからの人生を開拓することが出来る！一寸先が闇では人の幸福は得られない．幸福を希う人は来って、正應院の門を叩け！<br /><br />（相談項目）<br />家庭問題、事業運、金運．<br /><ul><li>将来　家庭は大丈夫だろうか？</li><li>将来　会社は大丈夫だろうか？</li><li>この仕事は当たるのだろうか？<br /></li></ul><br />交渉、取引、土地家屋、売買貸借、株式市場．<br /><ul><li>交渉の成立</li><li>取引の安全</li></ul><br />良縁、恋愛．<br /><ul><li>良縁はいつくるのか？</li><li>縁談を進めてよいかどうか？</li></ul><br />訴訟裁判、各種選挙．<br /><ul><li>訴訟の成り行き</li><li>選挙の当選</li></ul><br />病気、入院、手術、安産．<br /><ul><li>病気への不安</li><li>無事な安産</li></ul><br />就職、進学、適職、移転、旅行．<br /><ul><li>試験合格</li><li>就職活動</li><li>引っ越し先への不安</li></ul><br />家出、失物．<br /><ul><li>紛失物が出てくるか？</li></ul><br />作付、出漁、方位方角等．<br /><br />思い悩む方は何事であれ、御出で下さい．御相談に応じます．御希望の方は、正応院まで、お電話、またはE-mailにてお問い合わせ下さい．<br /><br /><br /></blockquote>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23875391.html">
<title>本堂</title>
<link>http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23875391.html</link>
<description>  長らく旧佐藤家の母屋そのものだったが、昭和44年、宮大工松浦喜和蔵茂治親子により建立され、旧本堂は現在、客殿として使用されている。      立教開宗750年慶讃開山80周年報恩事業にあたり、本堂の改修も行なわれた。御本尊の前に立て掛けてある、本金襴綴り柱掛け水引は、長久山安詳寺（大田区久が原）においてあるものと同じもので、住職龍遵上人が、随身として、そのお寺で修行していた時に、感銘を受け、当山にも置くようになった。      この水引も、修復前までには、汚れや傷も目立ち...</description>
<dc:subject>伽藍</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-09-17T04:38:31+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><img width="320" height="240" border="0" alt="P1010149.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010149.JPG" /></div><br />  長らく旧佐藤家の母屋そのものだったが、昭和44年、宮大工松浦喜和蔵茂治親子により建立され、旧本堂は現在、客殿として使用されている。<br />     <br /> 立教開宗750年慶讃開山80周年報恩事業にあたり、本堂の改修も行なわれた。御本尊の前に立て掛けてある、本金襴綴り柱掛け水引は、長久山安詳寺（大田区久が原）においてあるものと同じもので、住職龍遵上人が、随身として、そのお寺で修行していた時に、感銘を受け、当山にも置くようになった。<br />     <br /> この水引も、修復前までには、汚れや傷も目立ち、非常に古くなっていたが、檀信徒の皆様の暖かい寄付により、新しく取り替えることで、以前にもまして荘厳な御本尊を見せることが出来るようになりました。<br />     <br />  更に、本堂の畳も、汚れを留めない白大紋縁畳に張り替え、厳かで立派な、そして、心地よい緊張感のある、法要儀式の場を提供することが出来るようになった。
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23875349.html">
<title>多宝塔</title>
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<description>  開基政薩院日勇の第50回忌に篤信家の発願により、静岡県の名工に推挙された松浦茂治氏の手で造られた．  和様素木造りで、７年間を費やして昭和54年に完成した．</description>
<dc:subject>伽藍</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-09-17T04:34:17+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div style="text-align: center"><img width="240" height="320" border="0" alt="P1010145.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010145.JPG" /><br /> <div align="left"><br /> 開基政薩院日勇の第50回忌に篤信家の発願により、静岡県の名工に推挙された松浦茂治氏の手で造られた．<br /> <br /> 和様素木造りで、７年間を費やして昭和54年に完成した．<br /> </div></div>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23875325.html">
<title>山門</title>
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<description>開基&amp;#8226;政薩院日勇の生家&amp;#8226;佐藤家の先祖供養のため発願され、宮大工&amp;#8226;松浦茂治氏により昭和57年に建立された．総欅&amp;#8226;唐様造り．</description>
<dc:subject>伽藍</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-09-17T04:31:11+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
<div align="center"><img width="320" height="240" border="0" alt="P1010155.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010155.JPG" /><br /><br /><div align="left">開基&#8226;政薩院日勇の生家&#8226;佐藤家の先祖供養のため発願され、宮大工&#8226;松浦茂治氏により昭和57年に建立された．<br /><br />総欅&#8226;唐様造り．<br /></div></div>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23875209.html">
<title>客殿</title>
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<description>旧本堂．立教開宗750年慶讃&amp;#8226;開山80周年報恩事業にあたり、本堂として親しまれていた頃の昔の面影を残しつつ、安心して敷居をくぐり、心のふれあう場を提供できるように改修．20畳１間、８畳２間、６畳２間の部屋をぐるり回る廊下は、当山の景観を一望できます．庫裡玄関の紅葉と桜に始まり、山門を横目に楽しみながら、大玄関を通り、たくさんの鯉が泳ぐ池から、枯山水の庭、本堂や多宝塔を望むことが出来ます．</description>
<dc:subject>伽藍</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-09-17T04:23:05+09:00</dc:date>
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<div align="center"><img width="320" height="240" border="0" alt="P1010146.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010146.JPG" /><br /><br /><div align="left">旧本堂．<br /><br />立教開宗750年慶讃&#8226;開山80周年報恩事業にあたり、本堂として親しまれていた頃の昔の面影を残しつつ、安心して敷居をくぐり、心のふれあう場を提供できるように改修．<br /><br />20畳１間、８畳２間、６畳２間の部屋をぐるり回る廊下は、当山の景観を一望できます．<br /><br />庫裡玄関の紅葉と桜に始まり、山門を横目に楽しみながら、大玄関を通り、たくさんの鯉が泳ぐ池から、枯山水の庭、本堂や多宝塔を望むことが出来ます．<br /></div></div>
]]></content:encoded>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/23874660.html">
<title>庫裡</title>
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<description>立教開宗750年慶讃&amp;#8226;開山80周年報恩事業にあたり、雨漏りやトイレの悪臭もなく、風通しのよい生活空間に改築された．庫裡玄関は、一歩足を踏み入れただけで、暮らし心地はもちろん、住職&amp;#8226;龍遵上人の人となりまでも物語ってしまう…そんな印象を与える．限られた空間の中で、客殿との境を感じさせず、それでいながらも、「私」と「公」を明確に分けたいという要望で設計された住まいは、対照的な空間が隣り合うことで、日常生活に心地よい緊張感と大きな開放感、安心感をもたらしてくれ...</description>
<dc:subject>伽藍</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-09-17T04:08:15+09:00</dc:date>
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<div align="center"><img width="320" height="240" border="0" alt="P1010141.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010141.JPG" /><br /><br /><div align="left">立教開宗750年慶讃&#8226;開山80周年報恩事業にあたり、雨漏りやトイレの悪臭もなく、風通しのよい生活空間に改築された．<br /><br />庫裡玄関は、一歩足を踏み入れただけで、暮らし心地はもちろん、住職&#8226;龍遵上人の人となりまでも物語ってしまう…そんな印象を与える．<br /><br />限られた空間の中で、客殿との境を感じさせず、それでいながらも、「私」と「公」を明確に分けたいという要望で設計された住まいは、対照的な空間が隣り合うことで、日常生活に心地よい緊張感と大きな開放感、安心感をもたらしてくれる．<br /></div></div>
]]></content:encoded>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/22899852.html">
<title>９月20日~26日：秋のお彼岸</title>
<link>http://sho-oh-in.seesaa.net/article/22899852.html</link>
<description>「お彼岸」は、日本独特の行事であると言われ、秋分の日をはさんで、前後３日間、計７日間の時期を指します．この時期、各寺院では、読経や法話等をして法要を行い、檀家さんや信者は、ご先祖を供養するため、お寺をお参りします．『彼岸』とは、本来、「此岸」に対する言葉です．此岸とは、苦しみに満ちた、現世を表わす一方で、彼岸は理想の浄土を表すとされています．此岸にいる人が、特にこの７日間、仏道（大乗仏教の修行徳目である、「六波羅蜜」（注）を実践すること）に励むことによって、彼岸へと渡る努力を...</description>
<dc:subject>年中行事</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-08-27T23:01:57+09:00</dc:date>
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「お彼岸」は、日本独特の行事であると言われ、秋分の日をはさんで、前後３日間、計７日間の時期を指します．この時期、各寺院では、読経や法話等をして法要を行い、檀家さんや信者は、ご先祖を供養するため、お寺をお参りします．<br /><br />『彼岸』とは、本来、「此岸」に対する言葉です．此岸とは、苦しみに満ちた、現世を表わす一方で、彼岸は理想の浄土を表すとされています．此岸にいる人が、特にこの７日間、仏道（大乗仏教の修行徳目である、「六波羅蜜」<font size="1">（注）</font>を実践すること）に励むことによって、彼岸へと渡る努力をしていこう！という尊い意味が込められています．<br /><br />せめて、お彼岸の期間だけでも、「六波羅蜜」を心がけ、自分の悟りを求めながら、亡くなったご先祖の供養をして過ごしていたものです…<br /><br /><font size="1">（注）</font><br />「六波羅蜜」とは、<br /><br />１．「布施」：欲を捨て、大事なものを仏や苦しむ人たちに施すこと<br />２．「持戒」：戒律を守ること<br />３．「忍辱」：辱めに耐え忍び、怒りにとらわれないこと<br />４．「精進」：善に向けて努め励むこと<br />５．「禅定」：心を落ち着かせて、精神統一すること<br />６．「智慧」：真実をみる目を持つこと<br /><br />を言い、「波羅蜜」とは、本来、古代インドの『パーラミター』という言葉の音写で、「到彼岸」、つまり、彼岸に渡ることを意味しています．
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/22529387.html">
<title>８月15日：盂蘭盆会（お盆）</title>
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<description>『盂蘭盆』とは、元々「ウラバンナ」という古代インドの言葉の音写で、「逆さ吊りの苦しみ」という意味です．お釈迦様のお弟子に、神通力のあるマウドガルヤーナ（日本では、「目蓮」）という人がいました．ある日、彼は、その神通力で亡くなった母親のその後の様子を見てみました．すると、驚いたことに、彼の母親は餓鬼道に落ちて苦しんでいました…何かを食べようとしても、全て火となって食べることが出来ないのです…このような母親の逆さ吊りにされた悲惨な苦しみを見て、目蓮は非常に大きなショックを受け、お...</description>
<dc:subject>年中行事</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-08-19T06:44:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
『盂蘭盆』とは、元々「ウラバンナ」という古代インドの言葉の音写で、「逆さ吊りの苦しみ」という意味です．<br /><br />お釈迦様のお弟子に、神通力のあるマウドガルヤーナ（日本では、「目蓮」）という人がいました．<br /><br />ある日、彼は、その神通力で亡くなった母親のその後の様子を見てみました．すると、驚いたことに、彼の母親は餓鬼道に落ちて苦しんでいました…何かを食べようとしても、全て火となって食べることが出来ないのです…<br /><br />このような母親の逆さ吊りにされた悲惨な苦しみを見て、目蓮は非常に大きなショックを受け、お釈迦様に自分の母親のことを話したのです．<br /><br />すると、お釈迦様は、目蓮にこのように言いました：「僧たちの雨期の修行期間が明けた７月15日に、僧たちに食べ物などをお布施して、母親の幸せを祈りなさい」<br /><br />このような故事は、ご先祖様の魂を信じ大事にしてきた日本人の心情によく馴染み、毎年７月15日（或いは、８月15日）に、盂蘭盆会として、ご先祖様の供養を行うようになり、日本の独自の風習として定着するようになったのです．
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21944776.html">
<title>地図／場所</title>
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<description>歌舞伎で知られている宇津ノ谷峠が当寺より徒歩20分程のところにあります。その場所には在原業平の「駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にあわぬなりけり」の歌碑と並んで、身延77世日厳（1898）の御題目塔もあります。その塔が東海道横死者の霊を慰めている当時から、蔦の細道と呼ばれ、ハイキングコースとして知られています。JR静岡駅より、中部国道本線のバス藤枝駅行に乗り約20分。（１）小坂バス停を下車してすぐのところにあります。（２）岡部役場前バス停を下車して、旧東海道の宿場街を北...</description>
<dc:subject>案内</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-08-05T03:39:09+09:00</dc:date>
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歌舞伎で知られている宇津ノ谷峠が当寺より徒歩20分程のところにあります。<br /><br />その場所には在原業平の「駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人にあわぬなりけり」の歌碑と並んで、身延77世日厳（1898）の御題目塔もあります。<br /><br />その塔が東海道横死者の霊を慰めている当時から、蔦の細道と呼ばれ、ハイキングコースとして知られています。<br /><br />JR静岡駅より、中部国道本線のバス藤枝駅行に乗り約20分。<br />（１）小坂バス停を下車してすぐのところにあります。<br />（２）岡部役場前バス停を下車して、旧東海道の宿場街を北に進んで徒歩約５分のところにあります。<br /><br /><a target="_blank" href="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/sho-oh-in_map1.jpg"><img width="150" height="127" border="0" alt="sho-oh-in_map1.jpg" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/sho-oh-in_map1-thumbnail2.jpg" /></a><br /><br /><a target="_blank" href="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/sho-oh-in_map2.jpg"><img width="150" height="135" border="0" alt="sho-oh-in_map2.jpg" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/sho-oh-in_map2-thumbnail2.jpg" /></a>
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21579961.html">
<title>住職</title>
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<description>【氏名】佐藤龍遵（さとうりゅうじゅん） 【生年月日】1944年７月30日 62歳【経歴】1987年 権僧正に承認される1978年 日蓮宗聲明師となる1970年 日蓮宗大荒行成満 祈祷師となる1968年 日蓮宗九識霊断師となる     日蓮宗布教師となる1966年 正応院住職に承認される1964年 日蓮宗身延山にて信行道場終了1961年 当山開山正応院日龍に就き、出家得度     龍遵と改名</description>
<dc:subject>運営スタッフ</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-07-29T06:58:03+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
【氏名】<br />佐藤龍遵（さとうりゅうじゅん）　<br /><br />【生年月日】<br />1944年７月30日　62歳<br /><br />【経歴】<br />1987年　権僧正に承認される<br />1978年　日蓮宗聲明師となる<br />1970年　日蓮宗大荒行成満　祈祷師となる<br />1968年　日蓮宗九識霊断師となる<br />　　　　 日蓮宗布教師となる<br />1966年　正応院住職に承認される<br />1964年　日蓮宗身延山にて信行道場終了<br />1961年　当山開山正応院日龍に就き、出家得度<br />　　　　 龍遵と改名
]]></content:encoded>
</item>
<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21579756.html">
<title>副住職</title>
<link>http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21579756.html</link>
<description>【氏名】佐藤龍宣（さとうりゅうせん） 【生年月日】1975年８月９日 30歳【経歴】2004年 日蓮宗九識霊断師となる2003年 権大講師に承認される2002年 日蓮宗大荒行成満 祈祷師となる2001年 日蓮宗身延山にて信行道場終了     身延山僧道実習生終了1987年 当山三世正慈院日曠に就き、出家得度</description>
<dc:subject>運営スタッフ</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-07-29T06:40:57+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
【氏名】<br />佐藤龍宣（さとうりゅうせん）　<br /><br />【生年月日】<br />1975年８月９日　30歳<br /><br />【経歴】<br />2004年　日蓮宗九識霊断師となる<br />2003年　権大講師に承認される<br />2002年　日蓮宗大荒行成満　祈祷師となる<br />2001年　日蓮宗身延山にて信行道場終了<br />　　　　 身延山僧道実習生終了<br />1987年　当山三世正慈院日曠に就き、出家得度
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</item>
<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21579598.html">
<title>カウンセラー</title>
<link>http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21579598.html</link>
<description>【氏名】佐藤能臣（さとうだいしん） 【生年月日】1974年６月25日 32歳【経歴】現在   Johann Wolfgang Geothe-University     Frankfurt Institute for Advanced Studies研究員     2005/2006年DAAD奨励奨学生     2006年度日蓮宗宗務院認定海外留学生2005年 東京工業大学大学院修士課程卒業 博士（理学）取得2003年 日蓮宗身延山にて信行道場終了2001年 東京工業大学大学...</description>
<dc:subject>運営スタッフ</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-07-29T06:27:02+09:00</dc:date>
<content:encoded><![CDATA[
【氏名】<br />佐藤能臣（さとうだいしん）　<br /><br />【生年月日】<br />1974年６月25日　32歳<br /><br />【経歴】<br />現在　　 Johann Wolfgang Geothe-University<br />　　　　 Frankfurt Institute for Advanced Studies研究員<br />　　　　 2005/2006年DAAD奨励奨学生<br />　　　　 2006年度日蓮宗宗務院認定海外留学生<br />2005年　東京工業大学大学院修士課程卒業　博士（理学）取得<br />2003年　日蓮宗身延山にて信行道場終了<br />2001年　東京工業大学大学院修士課程卒業　修士（理学）取得<br />1998年　埼玉大学理学部物理学科卒業　学士（理学）取得<br />1987年　当山三世正慈院日曠に就き、出家得度<br /><br />【資格】<br />2003年　（社）日本産業カウンセラー協会認定産業カウンセラー
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<item rdf:about="http://sho-oh-in.seesaa.net/article/21354320.html">
<title>要旨</title>
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<description>明治年間、岡部には日蓮宗寺院がなく、庚申堂のみがあった。ここで妙法勇進結社が細々と法華（日蓮宗）の法灯をともしていた。庚申塚には宝暦11年（1761）と記されて、駿遠６庚申の１つに数えられる。当時は、岡部の庚申堂として近在の信仰を集めていた。大正年間、開基政薩院日勇（大正15年７月１日寂＝1926）が一念発起し、曹洞宗から日蓮宗に宗旨を変え、在家の身でありながら法華の見珠道場を開設。信者を集めて21日間の修行を行なっていた。大正13年、身延81世日布について出家得度し、私財を...</description>
<dc:subject>沿革</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-07-25T04:44:12+09:00</dc:date>
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明治年間、岡部には日蓮宗寺院がなく、庚申堂のみがあった。<br />ここで妙法勇進結社が細々と法華（日蓮宗）の法灯をともしていた。<br /><br /><br />庚申塚には宝暦11年（1761）と記されて、駿遠６庚申の１つに数えられる。<br />当時は、岡部の庚申堂として近在の信仰を集めていた。<br /><br /><br />大正年間、開基政薩院日勇（大正15年７月１日寂＝1926）が一念発起し、曹洞宗から日蓮宗に宗旨を変え、在家の身でありながら法華の見珠道場を開設。信者を集めて21日間の修行を行なっていた。<br />大正13年、身延81世日布について出家得度し、私財を投げ打って堂宇を現地に建立し、勇進結社を合併した。<br /><br /><br />昭和15年、開山正応院日龍（昭和41年11月24日寂＝1966）が伊豆韮山の本立寺の塔頭で、永正３年（1506）に江川英盛が建立した正応院を岡部に移転。<br />山号を見珠山として、寺号をそのまま継承。
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<title>歴史</title>
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<description>長兄政十が強烈な日蓮宗の信者になり、私達夫婦も薦められて入信したことは最初の処で述べた通りである。長兄政十の入信の時期は大正７年ごろであるが、その後、長兄は法華三昧の修行を積み、ついに当時静岡市在の日蓮宗本覚寺の貫主杉田日布大僧正から得度を受け、僧名を「政薩院日勇法師」と称し僧籍の人となった。しかるに寺もなく、建立の土地もないので、私が先人達となり信者をくどき、私も応分に寄進をして来たのが現在正応院のある所である。はじめは教会所であったが、それから数年の後、たしかに大正15年...</description>
<dc:subject>沿革</dc:subject>
<dc:creator>正応院</dc:creator>
<dc:date>2006-07-22T14:44:34+09:00</dc:date>
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<br /><br /><br />長兄政十が強烈な日蓮宗の信者<a target="_blank" href="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010134.JPG"><img width="150" height="112" border="0" align="right" alt="P1010134.JPG" src="http://sho-oh-in.up.seesaa.net/image/P1010134-thumbnail2.JPG" /></a>になり、私達夫婦も薦められて入信したことは最初の処で述べた通りである。<br /><br />長兄政十の入信の時期は大正７年ごろであるが、その後、長兄は法華三昧の修行を積み、ついに当時静岡市在の日蓮宗本覚寺の貫主杉田日布大僧正から得度を受け、僧名を「政薩院日勇法師」と称し僧籍の人となった。<br /><br />しかるに寺もなく、建立の土地もないので、私が先人達となり信者をくどき、私も応分に寄進をして来たのが現在正応院のある所である。はじめは教会所であったが、それから数年の後、たしかに大正15年の春だった。長兄は狂信に近い荒行がもとで不幸病没したのであった。まだ若い51歳の時である。政薩院日勇聖人となった長兄の葬儀は、杉田日布大僧正が導師で執行されたが、帰信者２００余名が参列して、岡部の町にはめずらしいほど盛大にとり行なわれたのである。<br /><br />長兄入滅後の教会所は日勇聖人の未亡人が京都の村雲尼公の下で２ヶ月にわたり修業をして僧籍を得て帰郷し、熱心な信者を集め法灯を受け継いでいた。<br /><br />開山した政薩院日勇も寺院の建立を念願としながら不帰の人となったが、私は長兄の寺院建立の一念の思いを、長兄の遺児のひとりである敏郎に得度をすすめ、日龍と号し開山２世とした。日龍は厳父の遺志を体し法灯をひろめ弘法に精進したが、去る昭和41年６月入寂した。<br /><br />よって３世として、昭和43年立正大学を出て間のない、佐藤龍遵が法灯を継ぐこととなったのである。<br /><br />まだ若い龍遵は２世日龍の寺院建立の遺志をついで、私の協力と檀家の寄進により、本堂を建立し、寺院を得たのである。その寺号が「正応院」である。<br /><br />正応院は伊豆韮山の大成山本立寺の末寺であるが、私の妹八代の嫁入り先である藤枝市の大慶寺の大場玄勇師のはからいで、譲り受けたものである。本立寺は幕末の経世家江川英盛の別当寺として建立になった由緒正しい寺院であり、開山は円明院日證上人である。<br /><br />正応院は「見珠山正応院」と唱えているが、「見珠山」は開山した政薩師がつけた名称であり、見珠とは無上宝珠を見るとか、珠（仏性）見（さとる）とも解するようである。<br /><br />見珠山正応院の額は、身延山久遠寺法主藤井日静猊下の書かれたものである。<br /><br /><br />『私の経歴を語る』（佐藤嘉平　著述）より掲載
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